深くお蝶に同情して来て、後にはお蝶と一しょになって、機屋一家に対してどうしようか、こうしようかと相談をする立場になったらしい。
こう云う入り組んだ事情のある女を、そのまま使っていると云うことは、川桝ではこれまでついぞなかった。それを目をねむって使っているには、わけがある。一つはお蝶がひどくお上さんの気に入っている為めである。田舎から出た娘のようではなく、何事にも好く気が附いて、好く立ち働くので、お蝶はお客の褒めものになっている。国から来た親類には、随分やかましい事を言われる様子で、お蝶はいつも神妙に俯向《うつむ》いて話を聞いていても、その人を帰した跡では、直ぐ何事もなかったように弾力を回復して、元気よく立ち働く。そしてその口の周囲には微笑の影さえ漂っている。一体お蝶は主人に間違ったことで小言を言われても、友達に意地悪くいじめられても、その時は困ったような様子で、謹んで聞いているが、直ぐ跡で機嫌を直して働く。そして例の微笑《ほほえ》んでいる。それが決して人を馬鹿にしたような微笑ではない。怜悧《れいり》で何もかも分かって、それで堪忍して、おこるの怨むのと云うことはしないと云う微笑である。
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