の主はお蝶と云って、今年の夏田舎から初奉公に出た、十七になる娘である。お蝶は下野《しもつけ》の結城《ゆうき》で機屋をして、困らずに暮しているものの一人娘であるが、婿を嫌って逃げ出して来たと云うことであった。間もなく親元から連れ戻しに親類が出たが、強情を張って帰らない。親類も川桝の店が、料理店ではあっても、堅い店だと云うことを呑み込んで、とうとう娘の身の上をこの内のお上さんに頼んで置いて帰ってしまった。それが帰ると、又間もなく親類だと云って、お蝶を尋ねて来た男がある。十八九ばかりの書生風の男で、浴帷子《ゆかた》に小倉袴《こくらばかま》を穿いて、麦藁《むぎわら》帽子を被《かぶ》って来たのを、女中達が覗《のぞ》いて見て、高麗蔵《こまぞう》のした「魔風《まかぜ》恋風」の東吾《とうご》に似た書生さんだと云って騒いだ。それから寄ってたかってお蝶を揶揄ったところが、おとなしいことはおとなしくても、意気地のある、張りの強いお蝶は、佐野と云うその書生さんの身の上を、さっぱりと友達に打ち明けた。佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石《せっしょうせき》の伝説で名高い、源翁《げんおう》禅師を開基として
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