くり島田髷《しまだまげ》を擡げたのは、新参のお花と云う、色の白い、髪の※[#「糸+求」、第4水準2−84−28]《ちぢ》れた、おかめのような顔の、十六七の娘である。
「来るなら、早くおし。」お松は寝巻の前を掻き合せながら一足進んで、お花の方へ向いた。
「わたしこわいから我慢しようかと思っていたんだけれど、お松さんと一しょなら、矢っ張行った方が好《い》いわ。」こう云いながら、お花は半身起き上がって、ぐずぐずしている。
「早くおしよ。何をしているの。」
「わたし脱いで寝た足袋を穿《は》いているの。」
「じれったいねえ。」お松は足踏をした。
「もう穿けてよ。勘辨して頂戴、ね。」お花はしどけない風をして、お松に附いて梯子を降りて行った。
 便所は女中達の寝る二階からは、生憎《あいにく》遠い処にある。梯子を降りてから、長い、狭い廊下を通って行く。その行き留まりにあるのである。廊下の横手には、お客を通す八畳の間が両側に二つずつ並んでいてそのはずれの処と便所との間が、右の方は女竹《めだけ》が二三十本立っている下に、小さい石燈籠《いしどうろう》の据えてある小庭になっていて、左の方に茶室|賽《まが》いの
前へ 次へ
全20ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング