がする。
その晩は雪の夜であった。寝る前に手水に行った時には綿をちぎったような、大きい雪が盛んに降って、手水鉢《ちょうずばち》の向うの南天と竹柏《なぎ》の木とにだいぶ積って、竹柏の木の方は飲み過ぎたお客のように、よろけて倒れそうになっていた。お金はまだ降っているかしらと思って、耳を澄まして聞いているが、折々風がごうと鳴って、庭木の枝に積もった雪のなだれ落ちる音らしい音がする外には、只方々の戸がことこと震うように鳴るばかりで、まだ降っているのだか、もう歇《や》んでいるのだか分からない。
暫くすると、お金の右隣に寝ている女中が、むっくり銀杏返《いちょうがえ》しの頭を擡《もた》げて、お金と目を見合わせた。お松と云って、痩《や》せた、色の浅黒い、気丈な女で、年は十九だと云っているが、その頃二十五になっていたお金が、自分より精々二つ位しか若くはないと思っていたと云うのである。
「あら。お金さん。目が醒めているの。わたしだいぶ寐たようだわ。もう何時。」
「そうさね。わたしも目が醒めてから、まだ時計は聞かないが、二時頃だろうと思うわ。」
「そうでしょうねえ。わたし一時間は慥かに寐たようだから。寝
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