た。
「木村君、どうだろう」と、山田は不安らしい顔を右隣の方へ向けた。
「先ずお国柄だから、当局が巧《たくみ》に柁《かじ》を取って行けば、殖えずに済むだろう。しかし遣りようでは、激成するというような傾きを生じ兼ねない。その候補者はどんな人間かと云うと、あらゆる不遇な人間だね。先年壮士になったような人間だね。」
茶を飲んで席を起つものがちらほらある。
木村は隠しから風炉鋪を出して、弁当の空箱を畳んで包んでいる。
犬塚は楊枝《ようじ》を使いながら木村に、「まあ、少しゆっくりし給え」と云った。
起ち掛かっていた木村は、また腰を据えて、茶碗に茶を一杯注いだ。
二人と一しょに居残った山田は、頻《しき》りに知識欲に責められるという様子で、こんな問を出した。
「実は無政府主義というものは、どんな歴史を持っているものかと思って、こないだもある雑誌に諸大家の話の出ているのを読んで見たが、一向分からない。名附親は別として、一体どんな人が立てた主義かねえ。」
犬塚は、「なんにしろ五六十年このかたの事だから、むずかしい歴史はないさ」と云って、木村の顔を見て、「君は大概知っているだろう」と言い足した
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