物があるだけでしょう。」
「なかなか精《くわ》しいね」と、犬塚がまた冷かした。
熱心に聞いていた山田がまた口を出した。「一体その二三人の大頭《おおあたま》はどんな人間かねえ。」
木村は右の肱《ひじ》を卓に衝《つ》いて、頭を支えて、やや退屈らしい様子をして話している。
「スチルネルは哲学史上に大影響を与えている人で、無政府主義者と云われている人達と一しょにせられては可哀相だ。あれは本名を Johann《ヨハン》 Kaspar《カスパル》 Schmidt《シュミット》 と云って、伯林《ベルリン》で高等学校の教師をしていた。有名な、唯一者とその所有を出す時に、随分極端な議論だから、本名を署せずに出したのだ。しかし今では Reclam《レクラム》 版になっていて、誰でも読む。Proudhon《プルウドン》 は 〔Besanc,on《ベサンソン》〕 の貧乏人の子で、小さい時に、活字拾いまでしたことがあるそうだ。それでもとうとう巴里《パリイ》で議員に挙げられるまで漕《こ》ぎ付けた。大した学者ではない。スチルネルと同じように、Hegel《ヘエゲル》 を本尊にしてはいるが、ヘエゲルの本を本当に読ん
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング