食堂
森鴎外

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)痕《あと》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|纏《まと》めに

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》っている

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔|Vis−a`−vis《ウィザ ウィイス》〕 の先生は、
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
−−

 木村は役所の食堂に出た。
 雨漏りの痕《あと》が怪しげな形を茶褐色に画《えが》いている紙張の天井、濃淡のある鼠色《ねずみいろ》に汚れた白壁、廊下から覗《のぞ》かれる処だけ紙を張った硝子窓《がらすまど》、性《しょう》の知れない不潔物が木理《もくめ》に染み込んで、乾いた時は灰色、濡《ぬ》れた時は薄墨色に見える床板。こう云う体裁の広間である。中にも硝子窓は塵《ちり》がいやが上に積もっていて、硝子というものの透き徹《とお》る性質を全く失っているのだから、紙を張る必要はない。それに紙が張ってあるのは、おおかた硝子を張った当座、まだ透き徹って見えた頃に発明の才のある役人がさせた事だろう。
 この広間に白木の長い卓と長い腰掛とが、小道具として据え附けてある。これは不断片附けてある時は、腰掛が卓の上に、脚を空様《そらざま》にして載せられているのだが、丁度弁当を使う時刻なので、取り卸されている。それが食事の跡でざっと拭《ふ》くだけなので、床と同じ薄墨色になっている。
 一体役所というものは、随分議会で経費をやかましく言われるが、存外質素に出来ていて、貧乏らしいものである。
 号砲に続いて、がらんがらんと銅の鐸《たく》を振るを合図に、役人が待ち兼ねた様に、一度に出て来て並ぶ。中にはまかないの飯を食うのもあるが、半数以上は内から弁当を持って来る。洋服の人も、袴《はかま》を穿《は》いた人も、片手に弁当箱を提げて出て来る。あらゆる大さ、あらゆる形の弁当が、あらゆる色の風炉鋪《ふろしき》に包んで持ち出される。
 ずらっと並んだ処を見渡すと、どれもどれも好く選んで揃《そろ》えた
次へ
全8ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング