と思う程、色の蒼《あお》い痩《や》せこけた顔ばかりである。まだ二十《はたち》を越したばかりのもある。もう五十近いのもある。しかしこの食堂に這入《はい》って来るコンマ以下のお役人には、一人も脂気《あぶらけ》のある顔はない。たまに太った人があるかと思えば、病身らしい青ぶくれである。
 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。角力《すもう》で言えば、貧乏神の席である。
 〔|Vis−a`−vis《ウィザ ウィイス》〕 の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男で、名を犬塚という。某局長の目金《めがね》で任用せられたとか云うので、木村より跡から出て、暫《しばら》くの間に一給俸まで漕《こ》ぎ附けたのである。
 なんでも犬塚に知られた事は、直ぐに上の方まで聞える。誰《たれ》でも上官に呼ばれて小言を聞いて見ると、その小言が犬塚の不断言っている事に好く似ている。上官の口から犬塚の小言を聞くような心持がする。
 犬塚はまかないの飯を食う。同じ十二銭の弁当であるが、この男の菜《さい》だけは別に煮てある。悪い博奕打《ばくちう》ちがいか物の賽《さい》を使うように、まかないがこの男の弁当箱には秘密の印を附けているなぞと云うものがある。
 木村は弁当を風炉鋪から出して、その風炉鋪を一応丁寧に畳《たた》んで、左のずぼんの隠しにしまった。そして弁当の蓋《ふた》を開けて箸《はし》を取るとき、犬塚が云った。
「とうとう恐ろしい連中《れんじゅう》の事が発表になっちまったね。」
 木村に言ったわけでもないらしいが、犬塚の顔が差し当り木村の方に向いているので、木村は箸を輟《や》めて、「無政府主義者ですか」と云った。
 木村の左に据わっている、山田というおとなしい男が詞《ことば》を挟んだ。この男はいつも毒にも薬にもならない事を言うが、思の外正直で情を偽らないらしいので、木村がいつか誰やらに、山田と話をするのは、胡坐《あぐら》を掻《か》いて茶漬を食っているようで好《い》いと云ったことがある。その山田がこう云った。
「どうも驚いちまった。日本にこんな事件が出来《しゅったい》しようとは思わなかった。一体どうしたというのだろう。」
 犬塚が教えて遣《や》るという口吻《こうふん》で答えた。「どうしたもこうしたもないさ。あの連中の目に
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