え」と云った。瀬戸は驚いたような目附をして己の顔を見ていたが、外の話を二つ三つして、そこそこに帰ってしまった。あの男は己よりは世慣れている。多分あの事の為めに交際を廃《や》めはすまい。只その態度を変えるだろう。もう「君はえらいよ」は言わなくなって、却《かえっ》て少しは前より己をえらく思うかも知れない。
しかし己はこんな事を書く積りで、日記を開《あ》けたのではなかった。目的の不慥《ふたしか》な訪問をする人は、故《ことさ》らに迂路《うろ》を取る。己は自分の書こうと思う事が、心にはっきり分かっていないので、強いて余計な事を書いているのではあるまいか。
午後から坂井夫人を訪ねて見た。有楽座で識りあいになってから、今日尋ねて行《ゆ》くまでには、実は多少の思慮を費していた。行こうか行くまいかと、理性に問うて見た。フランスの本が集めてあるというのだから、往《い》って見たら、利益を得《え》ることもあろうとは思ったが、人の噂に身の上が疑問になっている奥さんの邸《やしき》に行《ゆ》くのは、好くあるまいかと思った。ところが、理性の上でpro《プロウ》の側の理由とcontra《コントラ》の側の理由とが争っ
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