である。
 純一は坂井先生の名を聞いていたという返事をして、奥さんの顔を見ると、その顔には又さっきの無意味な、若《もし》くは意味の掩《おお》われている微笑が浮んでいる。丁度二人は西の階段の下に佇《たたず》んでいたのである。
「上へ上がって見ましょうか」と奥さんが云った。
「ええ」
 二人は階段を登った。
 その時上の廊下から、「小泉君じゃあないか」と声を掛けるものがある。上から四五段目の処まで登っていた純一が、仰向いて見ると、声の主は大村であった。
「大村君ですか」
 この返事をすると、奥さんは頤《あご》で知れない程の会釈をして、足を早めて階段を登ってしまって、一人で左へ行った。
 純一は大村と階段の上り口に立っている。丁度Buffet《ビュッフェエ》と書いて、その下に登って左を指した矢の、書き添えてある札を打ち附けた柱の処である。純一は懐かしげに大村を見て云った。
「好く丁度一しょになったものですね。不思議なようです」
「なに、不思議なものかね。興行は二日しかない。我々は是非とも来る。そうして見ると、二分の一のprobabilite[# 最後の「e」は「´」付き]《プロバビリテエ》で
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