《い》いような、美しい細君を迎えて、まだ一年と立たないうちに、脊髄《せきずい》病で亡くなられたということは、中学にいた時、噂《うわさ》に聞いていたのである。
噂はそれのみではない。先生は本職の法科大学教授としてよりは、代々の当路者から種々《いろいろ》な用事を言い附けられて、随分多方面に働いておられたので、亡くなられた跡には一廉《ひとかど》の遺産があった。それを未亡人が一人で管理していて、旧藩主を始め、同県の人と全く交際を絶って、何を当てにしているとも分からない生活をしていられる。子がないのに、養子をせられるでもない。誰《たれ》も夫人と親密な人というもののあることを聞かない。先生の亡くなる僅か前に落成した、根岸のvilla《ヴィルラ》風の西洋造に住まっておられるが、静かに夫の跡を弔っていられるらしくはない。先生の存生《ぞんじょう》の時よりも派手な暮らしをしておられる。その生活は一《いつ》の秘密だということであった。
純一が青年の空想は、国でこの噂話を聞いた時、種々《いろいろ》な幻像を描き出していたので、坂井夫人という女は、面白い小説の女主人公のように、純一の記憶に刻み附けられていたの
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