。この理想はブラントという主人公の理想であるが、それが自己より出《い》でたるもの、自己の意志より出でたるものだという所に、イブセンの求めるものの内容が限られている。とにかく道は自己の行《ゆ》く為めに、自己の開く道である。倫理は自己の遵奉《じゅんぽう》する為めに、自己の構成する倫理である。宗教は自己の信仰する為めに、自己の建立する宗教である。一言《いちげん》で云えば、Autonomie《オオトノミイ》である。それを公式にして見せることは、イブセンにも出来なんだであろう。とにかくイブセンは求める人であります。現代人であります。新しい人であります」
拊石はこう云ってしまって、聴衆は結論だかなんだか分らずにいるうちに、ぶらりとテエブルを離れて前に据わっていた座布団の上に戻った。
あちこちに拍手するものがあったが、はたが応ぜないので、すぐに止《や》んでしまった。多数は演説が止んでもじっと考えている。一座は非常に静かである。
幹事が閉会を告げた。
下女が鰻飯《うなぎめし》の丼《どんぶり》を運び出す。方々で話声はちらほら聞えて来るが、その話もしめやかである。自分自分で考えることを考えているら
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