と、厭《いや》になったので、急いで裏門を出た。
藪下《やぶした》の狭い道に這入る。多くは格子戸の嵌まっている小さい家が、一列に並んでいる前に、売物の荷車が止めてあるので、体を横にして通る。右側は崩れ掛って住まわれなくなった古長屋に戸が締めてある。九尺二間《くしゃくにけん》というのがこれだなと思って通り過ぎる。その隣に冠木門《かぶきもん》のあるのを見ると、色川国士別邸と不恰好《ぶかっこう》な木札に書いて釘附《くぎづけ》にしてある。妙な姓名なので、新聞を読むうちに記憶していた、どこかの議員だったなと思って通る。そらから先きは余り綺麗でない別荘らしい家と植木屋のような家とが続いている。左側の丘陵のような処には、大分《だいぶ》大きい木が立っているのを、ひどく乱暴に刈り込んである。手入の悪い大きい屋敷の裏手だなと思って通り過ぎる。
爪先上《つまさきあ》がりの道を、平になる処まで登ると、又右側が崖《がけ》になっていて、上野の山までの間の人家の屋根が見える。ふいと左側の籠塀《かごべい》のある家を見ると、毛利某という門札が目に附く。純一は、おや、これが鴎村《おうそん》の家だなと思って、一寸《ちょっ
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