まっている。そんな事を敢《あえ》てする人はおめでたいかも知れない。厭味なのかも知れない。それとも実際|無頓着《むとんちゃく》に自己を客観《かくかん》しているのかも知れない。それを心理的に判断することは、性格を知らないでは出来ない筈だと思った。
瀬戸が座敷の奥の方から、「小泉君」と呼んだ。純一がその方を見ると、瀬戸はもう初めの所にはいない。隅の方に、子供の手習机を据えて、その上に書類を散らかしている男と、火鉢を隔てて、向き合っているのである。
席を起ってそこへ行って見れば、机の上には一円札やら小さい銀貨やらが、書類の側に置いてある。純一はそこで七十銭の会費を払った。
「席料と弁当代だよ」瀬戸は純一にこう云って聞せながら、机を構えている男に、「今日は菓子は出ないのかい」と云った。
まだ返辞をしないうちに、例の赭顔の女中が大きい盆に一人前《ひとりまえ》ずつに包んだ餅菓子を山盛にして持って来て銘々に配り始めた。
配ってしまうと、大きい土瓶に番茶を入れたのを、所々に置いて行《ゆ》く。
純一が受け取った菓子を手に持ったまま、会計をしている人の机の傍にいると、「おい、瀬戸」と呼び掛けられて
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