いる。その側に水を入れた瓶とコップとがある。
十四五人ばかりの客が、二つ三つの火鉢を中心にして、よごれた座布団の上にすわっている。間々にばら蒔《ま》いてある座布団は跡から来る客を待っているのである。
客は大抵|紺飛白《こんがすり》の羽織に小倉袴《こくらばかま》という風で、それに学校の制服を着たのが交っている。中には大学や高等学校の服もある。
会話は大分盛んである。
丁度純一が上がって来たとき、上《あが》り口《くち》に近い一群《ひとむれ》の中で、誰《たれ》やらが声高《こわだか》にこう云うのが聞えた。
「とにかく、君、ライフとアアトが別々になっている奴は駄目だよ」
純一は知れ切った事を、仰山らしく云っているものだと思いながら、瀬戸が人にでも引き合わせてくれるのかと、少し躊躇《ちゅうちょ》していたが、瀬戸は誰やら心安い間らしい人を見附けて、座敷のずっと奥の方へずんずん行って、その人と小声で忙《せわ》しそうに話し出したので、純一は上り口に近い群の片端に、座布団を引き寄せて寂しく据わった。
この群では、識《し》らない純一の来たのを、気にもしない様子で、会話を続けている。
話題に上っ
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