の店先に立ててあるような、木の枠に紙を張り附けた看板が立て掛けてある。上の方へ横に羅馬《ロオマ》字でDIDASKALIA《ジダスカリア》と書いて、下には竪《たて》に十一月例会と書いてある。
「ここだよ。二階へ上がるのだ」
瀬戸は下駄や半靴の乱雑に脱ぎ散らしてある中へ、薩摩下駄を跳ね飛ばして、正面の梯子《はしご》を登って行《い》く。純一は附いて上がりながら、店を横目で見ると、帳場の格子の背後《うしろ》には、二十《はたち》ばかりの色の蒼《あお》い五分刈頭の男がすわっていて、勝手に続いているらしい三尺の口に立っている赧顔《あからがお》の大女と話をしている。女は襷《たすき》がけで、裾をまくって、膝《ひざ》の少し下まである、鼠色になった褌《ふんどし》を出している。その女が「いらっしゃい」と大声で云って、一寸こっちを見ただけで、轡虫《くつわむし》の鳴くような声で、話をし続けているのである。
二階は広くてきたない。一方の壁の前に、卓《テエブル》と椅子とが置いてあって、卓の上には花瓶に南天が生けてあるが、いつ生けたものか葉がところどころ泣菫《きゅうきん》の所謂《いわゆる》乾反葉《ひそりば》になって
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