ホ、あの時の感じも寂しさばかりではなかったらしい。お勝は嫉妬の萌芽《ほうが》を己の心に植え附けたのではあるまいか。
純一はこんな事を考えながら歩いていて、あぶなく柏屋の門口《かどぐち》を通り過ぎようとした。幸に内から声を掛けられたので、気が附いて戸口を這入って、腰を掛けたり立ったりした二三人の男が、帳場の番頭と話をしている、物騒がしい店を通り抜けて、自分の部屋の障子を明けた。女中がひとり背後《うしろ》から駈け抜けて、電燈の鍵《かぎ》を捩《ねじ》った。
* * *
夕食をしまって、純一は昼間見なかった分の新聞を取り上げて、引っ繰り返して見た。ふと「色糸」と題した六号活字の欄に、女の写真が出ているのを見ると、その首の下に横に「栄屋おちゃら」と書いてあった。印刷インクがぼってりとにじんでいて、半分隠れた顔ではあるが、確かに名刺をくれた柳橋の芸者である。
記事はこうである。「栄屋の抱えおちゃら(十六)[#「(十六)」は縦中横組み]は半玉の時から男狂いの噂《うわさ》が高かったが、役者は宇佐衛門が贔屓《ひいき》で性懲《しょうこり》のない人形喰《にんぎょうくい》である
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