と云って、過去の記憶の美しい夢の国に魂を馳《は》せて、Romantiker《ロマンチケル》の青い花にあこがれたって駄目だ。Tolstoi《トルストイ》がえらくたって、あれも遁世的だ。所詮|覿面《てきめん》に日常生活に打《ぶ》っ附かって行《い》かなくては行けない。この打っ附かって行く心持がDionysos《ジオニソス》的だ。そうして行きながら、日常生活に没頭していながら、精神の自由を牢《かた》く守って、一歩も仮借しない処がApollon《アポルロン》的だ。どうせこう云う工夫で、生を領略しようとなれば、個人主義には相違ないね。個人主義は個人主義だが、ここに君の云う利己主義と利他主義との岐路がある。利己主義の側はニイチェの悪い一面が代表している。例の権威を求める意志だ。人を倒して自分が大きくなるという思想だ。人と人とがお互にそいつを遣り合えば、無政府主義になる。そんなのを個人主義だとすれば、個人主義の悪いのは論を須《ま》たない。利他的個人主義はそうではない。我という城廓を堅く守って、一歩も仮借しないでいて、人生のあらゆる事物を領略する。君には忠義を尽す。しかし国民としての我は、昔何もかもごち
前へ
次へ
全282ページ中209ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング