ゃごちゃにしていた時代の所謂《いわゆる》臣妾《しんしょう》ではない。親には孝行を尽す。しかし人の子としての我は、昔子を売ることも殺すことも出来た時代の奴隷ではない。忠義も孝行も、我の領略し得た人生の価値に過ぎない。日常の生活一切も、我の領略して行《ゆ》く人生の価値である。そんならその我というものを棄てることが出来るか。犠牲にすることが出来るか。それも慥《たしか》に出来る。恋愛生活の最大の肯定が情死になるように、忠義生活の最大の肯定が戦死にもなる。生が万有を領略してしまえば、個人は死ぬる。個人主義が万有主義になる。遁世主義で生を否定して死ぬるのとは違う。どうだろう、君、こう云う議論は」大村は再び歯を露わして笑った。
 熱心に聞いていた純一が云った。「なる程そんなものでしょうかね。僕も跡で好く考えて見なくては分からないのですが、そんな工合に連絡を附けて見れば、切れ切れになっている近世の思想に、綜合点が出来て来るように思われますね。こないだなんとか云う博士《はくし》の説だと云うので、こんな事が書いてありましたっけ。個人主義は西洋の思想で、個人主義では自己を犠牲にすることは出来ない。東洋では個
前へ 次へ
全282ページ中210ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング