者の謂う器世界《きせいかい》ばかりになってしまった。殖産と資本とがあらゆる勢力を吸収してしまって、今度は彼岸がお留守になったね。その時ふいと目が醒めて、彼岸を覗いて見ようとしたのが、ショペンハウエルという変人だ。彼岸を望んで、此岸を顧みて見ると、万有の根本は盲目の意志になってしまう。それが生を肯定することの出来ない厭世《えんせい》主義だね。そこへニイチェが出て一転語を下した。なる程生というものは苦艱《くげん》を離れない。しかしそれを避けて逃げるのは卑怯《ひきょう》だ。苦艱|籠《ご》めに生を領略する工夫があるというのだ。What《ホワット》の問題をhow《ハウ》にしたのだね。どうにかしてこの生を有《あり》のままに領略しなくてはならない。ルソオのように、自然に帰れなどと云ったって、太古と現在との中間の記憶は有力な事実だから、それを抹殺《まっさつ》してしまうことは出来ない。日本で※[#「※」は「くさかんむり+言+爰」、第3水準1−91−40、163−9]園《かんえん》派の漢学や、契冲《けいちゅう》、真淵《まぶち》以下の国学を、ルネッサンスだなんと云うが、あれは唯復古で、再生ではない。そんなら
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