は、坂井の奥さんが箱根へ行《ゆ》く日だということであった。誘われた通りに、跡から行こうと、はっきり考えているのではない。それが何より先きに思い出されたのは、奥さんに軽い程度のsuggestion《サジェスション》を受けているからである。一体夫人の言語や挙動にはsuggestif《サジェスシイフ》な処があって、夫人は半ば無意識にそれを利用して、寧《むし》ろ悪用して、人の意志を左右しようとする傾きがある。若し催眠術者になったら、大いに成功する人かも知れない。
坂井の奥さんが箱根へ行《ゆ》く日だと思った跡で、純一の写象は暗中の飛躍をして、妙な記憶を喚び起した。それは昨夜《ゆうべ》夜明け近くなって見た夢の事である。その夢を見掛けて、ちょいと驚いて目を醒まして、直ぐに又|寐《ね》てしまったが、それからは余り長く寐たらしくはない。どうしても夜明け近《ぢか》くなってからである。
なんでも大村と一しょに旅行をしていて、どこかの茶店に休んでいた。大宮で休んだような、人のいない葭簀張《よしずば》りではない。茶を飲んで、まずい菓子|麪包《パン》か何か食っている。季節は好く分からないが、目に映ずるものは暖
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