ここまで考えると、純一の心の中《うち》には、例の女性に対する敵意が萌《きざ》して来た。そしてあいつは己を不言の間に飜弄《ほんろう》していると感じた。勿論《もちろん》この感じは的のあなたを射るようなもので、女性に多少の冤屈《えんくつ》を負わせているかも知れないとは、同時に思っている。しかしそんな顧慮は敵意を消滅させるには足らないのである。
 幸におちゃらの純一の上に働かせている誘惑の力が余り強くないのと、二人の間にまだ直接なcollision《コリジョン》を来たしていなかったのとの二つの為めに、純一はこの可哀らしい敵の前で退却の決心をするだけの自由を有していた。
 退路は瀬戸の方向へ取ることになった。それは金鎖の少し先きの席へ瀬戸が戻って、肴を荒しているのを発見したからである。おちゃらのいる所との距離は大して違わないが、向うへ行《ゆ》けば、顔を見合せることだけはないのである。
 純一は誘惑に打勝った人の小さいtriomphe《トリオムフ》を感じて席を起った。しかし純一の起つと同時に、おちゃらも起ってどこかへ行った。
「どうだい」と、瀬戸が目で迎えながら声を掛けた。
「余り面白くもな
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