呼ぶ呼ばぬの問題に就いて論じているのである。
暫く聞いているうちに、驚く可《べ》し、宴会に芸者がいる、宴会に芸者がいらぬと争っている、その中へ謂《い》わばtertium comparationis《テルチウム コンパラショニス》として例の学生諸君が引き出されているのである。宴会に芸者がいらぬのではない。学生諸君のいる宴会だから、芸者のいない方が好《い》いという処に、Antigeishaisme[#一つ目の「e」は「´」付き」]《アンチゲイシャイスム》の側は帰着するらしい。それから一体誰がそんな事を言い出したかということになった。
この声高《こわだか》に、しかも双方からironie《イロニイ》の調子を以て遣られている議論を、おとなしく真面目に引き受けていた曽根幹事は、已むことを得ず、こういう事を打明けた。こん度の忘年会の計画をしているうちに、或る日教育会の職員になっている塩田《しおだ》に逢った。塩田の云うには、あの会は学生も出ることだから、芸者を呼ばないが好《い》いと云うことであった。それから先輩二三人に相談したところが、異議がないので、芸者なしということになったそうである。
「偽善
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