だよ」と、聞いていた一人が云った。「先輩だって、そんな議論を持ち出されたとき、己は芸者が呼んで貰いたいと云うわけには行《い》かない。議論を持ち出したものの偽善が、先輩を余儀なくして偽善をさせたのだ」
「それは穿《うが》って云えばそんなものかも知れないが、あらゆる美徳を偽善にしてしまっても困るね」と、今一人が云った。
「美徳なものか。芸者が心《しん》から厭なのなら、美徳かも知れない。又そうでなくても、好きな芸者の誘惑に真面目に打勝とうとしているのなら、それも美徳かも知れない。学生のいないところでは呼ぶ芸者を、いるところで呼ばないなんて、そんな美徳はないよ」
「しかし世間というものはそうしたもので、それを美徳としなくてはならないのではあるまいか」
「これはけしからん。それではまるで偽善の世界になってしまうね」
議論の火の手は又|熾《さか》んになる。純一は面白がって聞いている。熾んにはなる。しかしそれは花火|綫香《せんこう》が熾んに燃えるようなものである。なぜというに、この言い争っている一群《ひとむれ》の中に、芸者が真に厭だとか、下《く》だらないとか思っているらしいものは一人もない。いずれ
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