愛してこういう会に臨まれたのを感謝するというような詞もあった。
大臣は大きな赤い顔をして酒をちびりちびり飲んでいる。純一は遠くからこの人の巌乗《がんじょう》な体を見て、なる程世間の風波に堪えるには、あんな体でなくてはなるまいと思った。折々近処の人と話をする。話をする度にきっと微笑する。これも世に処し人を遇する習慣であろう。しかし話をし止《や》めると、眉間《みけん》に深い皺《しわ》が寄る。既往に於ける幾多の不如意が刻み附けたecriture[# 一つ目の「e」は「´」付き] runique《エクリチュウル リュニック》であろう。
吸物が吸ってしまわれて、刺身が荒された頃、所々《しょしょ》から床の間の前へお杯頂戴《さかずきちょうだい》に出掛けるものがある。所々で知人と知人とが固まり合う。誰《たれ》やらが誰やらに紹介して貰う。そこにもここにも談話が湧《わ》く。忽《たちま》ちどこかで、「芸者はどうしたのだ」と叫んだものがある。誰かが笑う。誰かが賛成と呼ぶ。誰かがしっと云う。
この時純一は、自分の直ぐ傍《そば》で、幹事を取り巻いて盛んに議論をしているものがあるのに気が附いた。聞けば、芸者を
前へ
次へ
全282ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング