這入り下さいまし、大変お久し振でございますね」と奥さんは云って、退紅色の粗い形《かた》の布団を掛けた置炬燵《おきごたつ》を脇へ押し遣って、桐《きり》の円火鉢の火を掻き起して、座敷の真ん中に鋪《し》いてある、お嬢様の据わりそうな、紫縮緬《むらさきちりめん》の座布団の前に出した。炬燵の傍《かたわら》には天外《てんがい》の長者星が開けて伏せてあった。
 己は奥さんの態度に意外な真面目と意外な落着きとを感じた。只例の謎《なぞ》の目のうちに、微かな笑《えみ》の影がほのめいているだけであった。奥さんがどんな態度で己に対するだろうという、はっきりした想像を画くことは、己には出来なかった。しかし目前の態度が意外だということだけは直ぐに感ぜられた。そして一種の物足らぬような情と、萌芽《ほうが》のような反抗心とが、己の意識の底に起った。己が奥さんを「敵」として視る最初は、この瞬間であったかと思う。
 奥さんは人に逢うのを予期してでもいたかと思われるように、束髪の髪の毛一筋乱れていなかった。こん度は己も奥さんの着物をはっきり記憶している。羽織はついぞ見たことのない、黄の勝った緑いろの縮緬であった。綿入はお召
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