純一はまだ何一つ纏《まと》まった事を始めずにいるのを恥じて、若《も》し行《い》きなり何をしているかと問われはすまいかと心配して行ったが、そんな事は少しも問わない。寧《むし》ろなんにもしないのが当り前だとでも思っているらしく感ぜられた。丁度這入って行ったとき、机の上に一ぱい原稿紙を散らかして、何か書き掛けていたらしいので「お邪魔なら又参ります」と云うと「搆《かま》わないよ、器械的に書いているのだから、いつでも已《や》めて、いつでも続けられる。重宝な作品だ」と真面目な顔で云った。そしていつもの詞《ことば》少なに応答をする癖とまるで変って、自分の目下の境遇を話して聞せてくれた。それが極端に冷静な調子で、自分はなんの痛癢《つうよう》をも感ぜずに、第三者の出来事を話しているように聞えるのである。純一は直ぐに、その話が今書き掛けている作品と密接の関係を有しているのだということを悟った。話しながら、事柄の経過の糸筋を整理しているらしいのである。話している相手が誰《だれ》でも搆わないらしいのである。
路花の書いている東京新聞は、初め社会の下層を読者にして、平易な事を平易な文で書いていた小新聞《こしん
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