ぶん》に起って、次第に品位を高めたものであった。記者と共に調子は幾度も変った。しかし近年のように、文芸方面に向って真面目に活動したことはなかった。それは所謂自然主義の唯一の機関と云っても好《い》いようになってからの事である。ところが社主が亡くなって、新聞は遺産として、親から子の手に渡った。これまでの新聞の発展は、社主が意識して遂げさせた発展ではなかった。思想の新しい記者が偶然這入る。学生やなんぞのような若い読者が偶然殖える。記者は知らず識《し》らず多数の新しい読者に迎合するようになる。こういう交互の作用がいつか自然主義の機関を成就させたのであった。それを故《もと》の社主は放任していたのである。新聞は新しい社主の手に渡った。少壮政治家の鉄のような腕《かいな》が意識ある意志によって揮《ふる》われた。社中のものの話に聞けば、あの背《せい》の低い、肥満した体を巴里為立《パリイじた》てのフロックコオトに包んで、鋭い目の周囲に横着そうな微笑を湛《たた》えた新社主|誉田《ほんだ》男爵は、欧羅巴《ヨオロッパ》の某大国のCorps diplomatique《コオル ジプロマチック》で鍛えて来た社交的|伎
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