い》い処ですね」と、覚えず純一が云った。
「好かろう」と、大村は無邪気に得意らしく云って、腰掛けに掛けた。
大村が紙巻煙草に火を附ける間、純一は沼の上を見わたしている。僅か二三間先きに、枯葦《かれあし》の茂みを抜いて立っている杙《くい》があって、それに鴉が一羽《いちわ》止まっている。こっちを向いて、黒い円い目で見て、紫色の反射のある羽をちょいと動かしたが、又居ずまいを直して逃げずにいる。
大村が突然云った。「まだ何も書いて見ないのですか」
「ええ。蜚《と》ばず鳴かずです」と、純一は鴉を見ながら答えた。
「好く文学者の成功の事を、大いなるcoup《クウ》をしたと云うが、あれは采《さい》を擲《なげう》つので、つまり芸術を賭博《とばく》に比したのだね。それは流行作者、売れる作者になるにはそういう偶然の結果もあろうが、censure《サンシュウル》問題は別として、今のように思想を発表する道の開けている時代では、価値のある作が具眼者に認められずにしまうという虞れは先ず無いね。だから急ぐには及ばないが、遠慮するにも及ばない。起《た》とうと思えば、いつでも起てるのだからね」
「そうでしょうか」
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