。金のある人は何も出来ない。富人が金を得れば、悪業《あくぎょう》が増長する。貧人が金を得れば堕落の梯《はしご》を降《くだ》って行《ゆ》く。金が集まって資本になると、個人を禍《わざわい》するものが一変して人類を禍するものになる。千万の人はこれがために餓死して、世界はその前に跪《ひざまず》く。これが悪魔の業《わざ》でないなら、不可思議であろう。奇蹟であろう。この奇蹟を信ぜざることを得ないとなれば、三位一体《さんみいったい》のドグマも信ぜられない筈がなくなると云うのである。
 純一は顔を蹙《しか》めた。そして作者の厭世《えんせい》主義には多少の同情を寄せながら、そのカトリック教を唯一の退却路にしているのを見て、因襲というものの根ざしの強さを感じた。
 十一時半頃に大村が尋ねて来た。月曜日の午前の最終一時間の講義と、午後の臨床講義とは某教授の受持であるのに、その人が事故があって休むので、今日は遠足でもしようかと思うということである。純一はすぐに同意して云った。
「僕はまだちっとも近郊の様子を知らないのです。天気もひどく好《い》いから、どこへでも御一しょに行《い》きましょう」
「天気はこの頃の事
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