のを感じた。その躊躇している虚に乗ずるように、色々な記憶が現れて来る。しなやかな体の起《た》ちよう据わりよう、意味ありげな顔の表情、懐かしい声の調子が思い出される。そしてそれを惜む未錬の情のあることを、我ながら抹殺《まっさつ》してしまうことが出来ないのである。又してもこの部屋であの態度を見たらどうだろうなどと思われる。脱ぎ棄てた吾嬬《あづま》コオト、その上に置いてあるマッフまでが、さながら目に見えるようになるのである。
 純一はふと気が附いて、自分で自分を嘲って、又Huysmans《ヒュイスマンス》を読み出した。Durtal《ドュルタル》という主人公が文芸家として旅に疲れた人なら、自分はまだ途《みち》に上らない人である。ドュルタルは現世界に愛想《あいそ》をつかして、いっその事カトリック教に身を投じようかと思っては、幾度《いくたび》かその「空虚に向っての飛躍」を敢てしないで、袋町から踵《くびす》を旋《めぐ》らして帰るのである。それがなぜ愛想をつかしたかと思うと、実に馬鹿らしい。現世界は奇蹟の多きに堪《た》えない。金なんぞも大いなる奇蹟である。何か為事をしようと思っている人の手には金がない
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