箱のような擬西洋造《まがいせいようづくり》である。入口《いりくち》の鴨居《かもい》の上に、木札が沢山並べて嵌《は》めてある。それに下宿人の姓名が書いてある。
 純一は立ち留まって名前を読んで見た。自分の捜す大石|狷太郎《けんたろう》という名は上から二三人目に書いてあるので、すぐに見附かった。赤い襷《たすき》を十文字に掛けて、上《あが》り口《くち》の板縁に雑巾《ぞうきん》を掛けている十五六の女中が雑巾の手を留めて、「どなたの所《ところ》へいらっしゃるの」と問うた。
「大石さんにお目に掛りたいのだが」
 田舎から出て来た純一は、小説で読み覚えた東京|詞《ことば》を使うのである。丁度|不慣《ふなれ》な外国語を使うように、一語一語考えて見て口に出すのである。そしてこの返事の無難に出来たのが、心中で嬉しかった。
 雑巾を掴《つか》んで突っ立った、ませた、おちゃっぴいな小女《こおんな》の目に映じたのは、色の白い、卵から孵《かえ》ったばかりの雛《ひよこ》のような目をしている青年である。薩摩絣《さつまがすり》の袷《あわせ》に小倉《こくら》の袴《はかま》を穿《は》いて、同じ絣の袷羽織を着ている。被物《か
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