」かう云つて若い女は窓の下から炉の傍へ歩み寄つて、腰を卸しながら、持つてゐた小さい鍼を帽子に插した。
「それは、お前、おつ母さんでなくつて、誰が御亭主の事を思つてゐる若いお上さんの胸が分かるものかね。」
かう云ひながら、婆あさんは炉の蓋を開けて、鍋を掛けた。炉はそれが嬉しいと見えて、ゆうべ市長さんの代替《かはり》の祝に打つた大砲のやうな音をさせてゐる。それから婆あさんは指を唾《つばき》で濡らして、蝋燭の心を切つた。
部屋は小さい。穹窿《きうりう》の形になつた天井と、桶の胴のやうに木を並べて拵へた壁とを見れば、部屋は半分に割つた桶のやうだと云つても好い。壁はどこも※[#「上部は父、下部は多」、第4水準2−80−13、143−上−12]児《テエル》に包まれて、殊に炉に近い処は黒檀のやうに光つてゐる。卓が一つ、椅子が二つある。寝台《ねだい》の代りになる長持のやうな行李がある。板を二枚|中為切《なかしきり》にした白木の箱がある。箱に入れてあるのは男女の衣類で、どれも魚の臭がする。片隅には天井から網が弔《つ》つてある。其の傍には※[#「上部は父、下部は多」、第4水準2−80−13、143−下
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