んぞう》の女《むすめ》威能《いの》が二十四歳で来《きた》り嫁した。抽斎はこの年二十五歳であった。
わたくしはここに抽斎の師伊沢氏の事、それから前後の配偶定と威能との事を附け加えたい。亡くなった母については別に言うべき事がない。
抽斎と伊沢氏との交《まじわり》は、蘭軒の歿した後《のち》も、少しも衰えなかった。蘭軒の嫡子|榛軒《しんけん》が抽斎の親しい友で、抽斎より長ずること一歳であったことは前に言った。榛軒の弟|柏軒《はくけん》、通称|磐安《ばんあん》は文化七年に生れた。怙《こ》を喪《うしな》った時、兄は二十六歳、弟は二十歳であった。抽斎は柏軒を愛して、己《おのれ》の弟の如くに待遇した。柏軒は狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の女《むすめ》俊《たか》を娶《めと》った。その次男が磐《いわお》、三男が今の歯科医|信平《しんぺい》さんである。
抽斎の最初の妻定が離別せられたのは何故《なにゆえ》か詳《つまびらか》にすることが出来ない。しかし渋江の家で、貧家の女《むすめ》なら、こういう性質を具えているだろうと予期していた性質を、定は不幸にして具えていなかったかも知れない。
定
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