けていった。自分はかつて府庁にいたものである。その頃無税地|反別帳《たんべつちょう》という帳簿があった。もしそれがなお存しているなら、嶺松寺の事が載せてあるかも知れないというのである。わたくしは無名の人の言《こと》に従って、人に託して府庁に質《ただ》してもらったが、そういう帳簿はないそうであった。
この事件に関してわたくしの往訪した人、書を寄せて教を乞《こ》うた人は頗《すこぶ》る多い。初《はじめ》にはわたくしは墓誌を読まんがために、墓の所在を問うたが、後にはせめて京水の歿した年齢だけなりとも知ろうとした。わたくしは抽斎の生れた年に、市野迷庵《いちのめいあん》が何歳、狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎《かりやえきさい》が何歳、伊沢蘭軒《いさわらんけん》が何歳ということを推算したと同じく、京水の年齢をも推算して見たく、もしまた数字を以て示すことが出来ぬなら、少くもアプロクシマチイフにそれを忖度《そんたく》して見たかったのである。
諸家の中《うち》でも、戸川残花《とがわざんか》さんはわたくしのために武田信賢《たけだしんけん》さんに問うたり、南葵《なんき》文庫所蔵の書籍を検し
前へ
次へ
全446ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング