勝久の陸《くが》は啻《ただ》に長唄を稽古《けいこ》したばかりではなく、幼《いとけな》くして琴を山勢《やませ》氏に学び、踊を藤間《ふじま》ふじに学んだ。陸の踊に使う衣裳《いしょう》小道具は、渋江の家では十二分に取り揃《そろ》えてあったので、陸と共に踊る子が手廻《てまわ》り兼ねる家の子であると、渋江氏の方でその相手の子の支度をもして遣って踊らせた。陸は善く踊ったが、その嗜好《しこう》が長唄に傾《かたぶ》いていたので、踊は中途で罷《や》められた。
 陸は遠州流の活花《いけばな》をも学んだ。碁《ご》象棋《しょうぎ》をも母|五百《いお》に学んだ。五百の碁は二段であった。五百はかつて薙刀《なぎなた》をさえ陸に教えたことがある。
 陸の読書筆札の事は既に記したが、やや長ずるに及んでは、五百が近衛予楽院《このえよらくいん》の手本を授けて臨書せしめたそうである。
 陸の裁縫は五百が教えた。陸が人と成ってから後《のち》は、渋江の家では重ねものから不断著《ふだんぎ》まで殆《ほとん》ど外へ出して裁縫させたことがない。五百は常に、「為立《したて》は陸に限る、為立屋の為事《しごと》は悪い」といっていた。張物《はり
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