》となった。三年には細井のりが杵屋|勝久代《かつくよ》となった。五年には伊藤あいが杵屋|勝久纓《かつくお》となった。この外に大正四年に名取になった山田|政次郎《まさじろう》の杵屋|勝丸《かつまる》もある。しかしこれは男の事ゆえ、勝久の弟子ではあるが、名は家元から取らせた。今の教育は都《すべ》て官公私立の学校において行うことになっていて、勢《いきおい》集団教育の法に従わざることを得ない。そしてその弊を拯《すく》うには、ただ個人教育の法を参取する一途があるのみである。是《ここ》において世には往々昔の儒者の家塾を夢みるものがある。然るにいわゆる芸人に名取の制があって、今なお牢守《ろうしゅ》せられていることには想い及ぶものが鮮《すくな》い。尋常|許取《ゆるしとり》の濫《らん》は、芸人があるいは人の誚《そしり》を辞することを得ざる所であろう。しかし夫《か》の名取に至っては、その肯《あえ》て軽々《かろがろ》しく仮借せざる所であるらしい。もしそうでないものなら、四十四年の久しい間に、質《ち》を勝久に委《ゆだ》ねた幾百人の中で、能《よ》く名取の班に列するものが独り七、八人のみではなかったであろう。
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