宜敷様|可致候《いたすべくそろ》。先《まず》は右|申入《もうしいれ》候。」田原町とは勝四郎に亜《つ》ぐ二番弟子勝治郎の家をいったのである。勝治郎は昨今病のために引き籠《こも》って、杵勝同窓会をも脱《ぬ》けている。
 勝四郎の返事には、好意はありがたいが、何分これまでの行懸《ゆきがかり》上単身では出向かれぬといって来た。そこで十造、勝助の二人《ふたり》が森田町へ迎えに往《ゆ》くことになった。
 馬喰町の家では、この日|通夜《つうや》のために、亡人《なきひと》の親戚を始《はじめ》として、男女の名取が皆集まっていた。勝久は浜町の師匠と女師匠とに請うに、亡人に代って勝四郎を免《ゆる》すことを以てした。浜町の師匠は亡人の姉ふさ、女師匠は三十六歳で未亡人となった亡人の妻みつである。二人の女は許諾した。そこへ勝四郎は出向いて来て、勝三郎の木位《もくい》を拝し、綫香《せんこう》を手向《たむ》けた。勝四郎は木位の前を退いて男女の名取に挨拶《あいさつ》した。葛藤は此《ここ》に全く解けた。これが明治三十六年勝久が五十七歳の時の事で、勝久は始終病を力《つと》めてこの調停の衝に当ったのである。勝久が病の本復した
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