山だというから、豊後国《ぶんごのくに》臼杵《うすき》の稲葉家で、当時の主公|久通《ひさみち》に麻布|土器町《かわらけちょう》の下屋敷へ招かれたのであろう。連中は男女交りであった。立三味線は勝三郎、脇勝秀、立唄《たてうた》は坂田仙八《さかたせんぱち》、脇勝久で、皆稲葉家の名指《なざし》であった。仙人は亡人《なきひと》で、今の勝五郎、前名勝四郎の父である。番組は「鶴亀《つるかめ》」、「初時雨《はつしぐれ》」、「喜撰《きせん》」で、末に好《このみ》として勝三郎と仙八とが「狸囃《たぬきばやし》」を演じた。
 演奏が畢《おわ》ってから、勝三郎らは花園を観《み》ることを許された。園《その》は太《はなは》だ広く、珍奇な花卉《かき》が多かった。園を過ぎて菜圃《さいほ》に入《い》ると、その傍《かたわら》に竹藪《たけやぶ》があって、筍《たけのこ》が叢《むらが》り生じていた。主公が芸人らに、「お前たちが自分で抜いただけは、何本でも持って帰って好《い》いから勝手に抜け」といった。男女の芸人が争って抜いた。中には筍が抽《ぬ》けると共に、尻餅《しりもち》を擣《つ》くものもあった。主公はこれを見て興に入《い》った。
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