く女芸人であった。番組は「勧進帳《かんじんちょう》」、「吉原雀《よしわらすずめ》」、「英執着獅子《はなぶさしゅうじゃくじし》」で、末《すえ》に好《このみ》として「石橋《しゃっきょう》」を演じた。
 細川家の当主は慶順《よしゆき》であっただろう。勝久が部屋へ下《さが》っていると、そこへ津軽侯が来て、「渋江の女《むすめ》の陸《くが》がいるということだから逢いに来たよ」といった。連《つれ》の女らは皆驚いた。津軽|承昭《つぐてる》は主人慶順の弟であるから、その日の客になって、来ていたのであろう。
 長唄が畢《おわ》ってから、主客打交っての能があって、女芸人らは陪観を許された。津軽侯は「船弁慶《ふなべんけい》」を舞った。勝久を細川家に介致《かいち》した勝秀は、今は亡人《なきひと》である。
 津軽家へは細川別邸で主公に謁見したのが縁となって、渋江陸としてしばしば召されることになった。いつも独《ひとり》往って弾きもし歌いもすることになっている。老女|歌野《うたの》、お部屋おたつの人々が馴染《なじみ》になって、陸を引き廻してくれるのである。
 稲葉家へは師匠勝三郎が存命中に初て連れて往った。その邸は青
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