してその節倹の用意には驚くべきものがあった。
五百の晩年に読んだ書には、新刊の歴史地理の類が多かった。『兵要《へいよう》日本地理小志』はその文が簡潔で好《い》いといって、傍《そば》に置いていた。
奇とすべきは、五百が六十歳を踰《こ》えてから英文を読みはじめた事である。五百は頗る早く西洋の学術に注意した。その時期を考うるに、抽斎が安積艮斎《あさかごんさい》の書を読んで西洋の事を知ったよりも早かった。五百はまだ里方《さとかた》にいた時、或日兄栄次郎が鮓久《すしきゅう》に奇な事を言うのを聞いた。「人間は夜《よる》逆《さか》さになっている」云々といったのである。五百は怪《あやし》んで、鮓久が去った後《のち》に兄に問うて、始《はじめ》て地動説の講釈を聞いた。その後《のち》兄の机の上に『気海観瀾《きかいかんらん》』と『地理全志』とのあるのを見て、取って読んだ。
抽斎に嫁した後、或日抽斎が「どうも天井に蝿《はえ》が糞《ふん》をして困る」といった。五百はこれを聞いていった。「でも人間も夜は蝿が天井に止まったようになっているのだと申しますね」といった。抽斎は妻《さい》が地動説を知っているのに驚いた
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