そうである。
五百は漢訳和訳の洋説を読んで慊《あきたら》ぬので、とうとう保にスペルリングを教えてもらい、ほどなくウィルソンの読本《どくほん》に移り、一年ばかり立つうちに、パアレエの『万国史』、カッケンボスの『米国史』、ホオセット夫人の『経済論』等をぽつぽつ読むようになった。
五百の抽斎に嫁した時、婚を求めたのは抽斎であるが、この間に或秘密が包蔵せられていたそうである。それは抽斎をして婚を求むるに至らしめたのは、阿部家の医師|石川貞白《いしかわていはく》が勧めたので、石川貞白をして勧めしめたのは、五百自己であったというのである。
その百七
石川貞白は初《はじめ》の名を磯野勝五郎《いそのかつごろう》といった。何時《いつ》の事であったか、阿部家の武具係を勤めていた勝五郎の父は、同僚が主家《しゅうけ》の具足を質に入れたために、永《なが》の暇《いとま》になった。その時勝五郎は兼て医術を伊沢榛軒《いさわしんけん》に学んでいたので、直《すぐ》に氏名を改めて剃髪《ていはつ》し、医業を以て身を立てた。
貞白は渋江氏にも山内氏にも往来して、抽斎を識《し》り五百を識っていた。弘化元年には五
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