に近づいた。準平は行燈を措《お》いて奥に入《い》った。引廻の男は尾《つ》いて入った。準平は奥の廊下から、雨戸を蹴脱《けはず》して庭に出た。引廻の男はまた尾いて出た。準平は身に十四カ所の創《きず》を負って、庭の檜《ひのき》の下に殪《たお》れた。檜は老木であったが、前年の暮、十二月二十八日の夜《よ》、風のないに折れた。準平はそれを見て、新年を過してから薪《たきぎ》に挽《ひ》かせようといっていたのである。家人は檜が讖《しん》をなしたなどといった。引廻の男は誰《たれ》であったか、また何故《なにゆえ》に準平を殺したか、終《つい》に知ることが出来なかった。
 保は報を得て、馳《は》せて武田の家に往った。警察署長佐藤某がいる。郡長竹本元※[#「にんべん+暴」、298−2]がいる。巡査数人がいる。佐藤はこういうのである。「武田さんは進取社の事のために殺されなすったかと思われます。渋江さんも御用心なさるが好い。当分の内《うち》巡査を二人《ふたり》だけ附けて上げましょう」というのである。
 保は彼《か》の小結社の故を以て、刺客が手を動《うごか》したものとは信ぜなかった。しかし暫《しばら》くは人の勧《すすめ
前へ 次へ
全446ページ中389ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング