》に従って巡査の護衛を受けていた。五百は例の懐剣を放さずに持っていて、保にも弾を填《こ》めた拳銃を備えさせた。進取社は準平が死んでから、何の活動をもなさずに分散した。
保は『横浜毎日新聞』の寄書家になった。『毎日』は島田三郎さんが主筆で、『東京|日々《にちにち》新聞』の福地桜痴《ふくちおうち》と論争していたので、保は島田を助けて戦った。主なる論題は主権論、普通選挙論等であった。
普通選挙論では外山正一《とやましょういち》が福地に応援して、「毎日記者は盲目《めくら》蛇《へび》におじざるものだ」といった。これは島田のベンサムを普通選挙論者となしたるは無学のためで、ベンサムは実は制限選挙論者だというのであった。そこで保はベンサムの憲法論について、普通選挙を可とする章句を鈔出《しょうしゅつ》し、「外山先生は盲目蛇におじざるものだ」という鸚鵡返《おうむがえし》の報復をした。
これらの論戦の後《のち》、保は島田三郎、沼間守一《ぬましゅいち》、肥塚龍《こえづかりゅう》らに識《し》られた。後に横浜毎日社員になったのは、この縁故があったからである。
保は十二月九日学校の休暇を以て東京に入《い》っ
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