いっても好《よ》かろう。
 矢島|優善《やすよし》は前年の暮に失踪《しっそう》して、渋江氏では疑懼《ぎく》の間に年を送った。この年|一月《いちげつ》二日の午後に、石川駅の人が二通の手紙を持って来た。優善が家を出た日に書いたもので、一は五百《いお》に宛《あ》て、一は成善に宛ててある。並《ならび》に訣別《けつべつ》の書で、所々《しょしょ》涙痕《るいこん》を印《いん》している。石川は弘前を距《さ》ること一里半を過ぎぬ駅であるが、使のものは命ぜられたとおりに、優善が駅を去った後《のち》に手紙を届けたのである。
 五百と成善とは、優善が雪中に行き悩みはせぬか、病み臥《ふ》しはせぬかと気遣《きづか》って、再び人を傭《やと》って捜索させた。成善は自ら雪を冒して、石川、大鰐《おおわに》、倉立《くらだて》、碇関《いかりぜき》等を隈《くま》なく尋ねた。しかし蹤跡《しょうせき》は絶《たえ》て知れなかった。
 優善は東京をさして石川駅を発し、この年一月二十一日に吉原の引手茶屋|湊屋《みなとや》に著《つ》いた。湊屋の上《かみ》さんは大分年を取った女で、常に優善を「蝶《ちょう》さん」と呼んで親《したし》んでいた。
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