。天保十三年|壬寅《じんいん》に生れたからの名である。即ち今の飯田|巽《たつみ》さんで、巽の字は明治二年|己巳《きし》に二十八になったという意味で選んだのだそうである。陸との縁談は媒《なこうど》が先方に告げずに渋江氏に勧めたのではなかろうが、余り古い事なので巽さんは已《すで》に忘れているらしい。然るにこの度は陸が遂に文一郎の聘《へい》を却《しりぞ》くることが出来なくなった。
 文一郎は最初の妻|柳《りゅう》が江戸を去ることを欲せぬので、一人の子を附けて里方へ還して置いて弘前へ立った。弘前に来た直後に、文一郎は二度目の妻を娶《めと》ったが、いまだ幾《いくばく》ならぬにこれを去った。この女は西村与三郎の女《むすめ》作であった。次で箱館から帰った頃からであろう、陸を娶ろうと思い立って、人を遣《つかわ》して請うこと数度に及んだ。しかし渋江氏では輒《すなわ》ち動かなかった。陸には旧に依《よ》って婚嫁を急ぐ念がない。五百は文一郎の好人物なることを熟知していたが、これを壻にすることをば望まなかった。こういう事情の下《もと》に、両家の間にはやや久しく緊張した関係が続いていた。
 文一郎は壮年の時パッシ
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