銀町には新屋敷の異名がある。富田新町には渋江氏の外、矢川文一郎、浅越玄隆らがおり、新寺町新割町には比良野|貞固《さだかた》、中村勇左衛門らがおり、下白銀町には矢川文内らがおり、塩分町には平井東堂らがおった。
 この頃五百は専六が就学《じゅがく》問題のために思《おもい》を労した。専六の性質は成善とは違う。成善は書を読むに人の催促を須《ま》たない。そしてその読む所の書は自ら択ぶに任せることが出来る。それゆえ五百は彼が兼松石居に従って経史を攻《おさ》めるのを見て、毫《ごう》も容喙《ようかい》せずにいた。成善が儒となるもまた可、医となるもまた不可なるなしとおもったのである。これに反して専六は多く書を読むことを好まない。書に対すれば、先ず有用無用の詮議《せんぎ》をする。五百はこの子には儒となるべき素質がないと信じた。そこで意を決して剃髪せしめた。
 五百は弘前の城下について、専六が師となすべき医家を物色した。そして親方町《おやかたちょう》に住んでいる近習医者|小野元秀《おのげんしゅう》を獲《え》た。

   その八十四

 小野元秀は弘前藩士|対馬幾次郎《つしまいくじろう》の次男で、小字《おさな
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