後、南部等の生《うまれ》のものが紛《まぎ》れ入《い》っているなら、厳重に取り糺《ただ》して国境の外に逐《お》えというのである。渋江氏の一行では中条が他郷のものとして目指《めざ》された。中条は常陸《ひたち》生だといって申し解《と》いたが、役人は生国《しょうこく》不明と認めて、それに立退《たちのき》を諭《さと》した。五百はやむことをえず、中条に路用の金を与えて江戸へ還らせた。
 冬になってから渋江氏は富田新町《とみたしんまち》の家に遷《うつ》ることになった。そして知行《ちぎょう》は当分の内六分|引《びけ》を以て給するという達しがあって、実は宿料食料の外《ほか》何の給与もなかった。これが後《のち》二年にして秩禄《ちつろく》に大削減を加えられる発端《ほったん》であった。二年|前《ぜん》から逐次に江戸を引き上げて来た定府《じょうふ》の人たちは、富田新町、新寺町《しんてらまち》新割町《しんわりちょう》、上白銀町《かみしろかねちょう》、下《しも》白銀町、塩分町《しおわけちょう》、茶畑町《ちゃばたちょう》の六カ所に分れ住んだ。富田新町には江戸子町《えどこまち》、新寺町新割町には大矢場《おおやば》、上白
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