に終った。今の文学士|小山内薫《おさないかおる》さんと画家|岡田三郎助《おかださぶろうすけ》さんの妻|八千代《やちよ》さんとは建の遺子である。矢島|優善《やすよし》は弘前に留《とど》まっていて、戦地から後送《こうそう》せられて来る負傷者を治療した。

   その八十三

 渋江氏の若党の一人中条勝次郎は、弘前に来てから思いも掛けぬ事に遭遇した。
 一行が土手町に下宿した後|二《に》、三月《さんげつ》にして暴風雨があった。弘前の人は暴風雨を岩木山の神が崇《たたり》を作《な》すのだと信じている。神は他郷の人が来て土着するのを悪《にく》んで、暴風雨を起すというのである。この故に弘前の人は他郷の人を排斥する。就中《なかんずく》丹後《たんご》の人と南部の人とを嫌う。なぜ丹後の人を嫌うかというに、岩木山の神は古伝説の安寿姫《あんじゅひめ》で、己《おのれ》を虐使した山椒大夫《さんしょうたゆう》の郷人を嫌うのだそうである。また南部の人を嫌うのは、神も津軽人のパルチキュラリスムに感化せられているのかも知れない。
 暴風雨の後《のち》数日にして、新に江戸から徙《うつ》った家々に沙汰《さた》があった。もし丹
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