ものは、愍《あわれ》むべきである。山内氏から来た牧は二年|前《ぜん》に死んだが、跡にまだ妙了尼《みょうりょうに》がいた。
妙了尼の親戚は江戸に多かったが、この時になって誰《たれ》一人引き取ろうというものがなかった。五百《いお》は一時当惑した。
その八十
渋江氏が本所亀沢町の家を立ち退《の》こうとして、最も処置に因《くるし》んだのは妙了尼の身の上であった。この老尼は天明元年に生れて、已《すで》に八十八歳になっている。津軽家に奉公したことはあっても、生れてから江戸の土地を離れたことのない女である。それを弘前へ伴うことは、五百がためにも望ましくない。また老いさらぼいたる本人のためにも、長途の旅をして知人《しるひと》のない遠国《えんごく》に往くのはつらいのである。
本《もと》妙了は特に渋江氏に縁故のある女ではない。神田|豊島町《としまちょう》の古着屋の女《むすめ》に生れて、真寿院《しんじゅいん》の女小姓《おんなごしょう》を勤めた。さて暇《いとま》を取ってから人に嫁し、夫を喪《うしな》って剃髪《ていはつ》した。夫の弟が家を嗣《つ》ぐに及んで、初め恋愛していたために今憎悪する戸主に
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